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前橋地方裁判所桐生支部 昭和40年(ワ)29号 判決

原告 桐生中央信用金庫

右代表者代表理事 磯田通定

被告 東京いすず自動車株式会社

右代表者代表取締役 安藤喜加久

右訴訟代理人弁護士 馬場正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(請求の趣旨)

一、被告は、原告が、別紙目録記載の各不動産(以下本件不動産という)について存する、前橋地方法務局桐生支局昭和三八年八月一九日受付第八三〇二号根抵当権設定登記中、債権元本極度額金六〇万円とあるのを、同金六〇〇万円に更正登記するにつき、承諾をせよ。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

という判決を求める。

(被告の申立)

請求棄却の判決を求める。

≪以下事実省略≫

理由

第一、原告の根抵当権設定契約およびその登記

≪証拠省略≫を総合すると、原告が昭和三八年八月一七日本件不動産につき、その主張の債権元本極度額六〇〇万円の根抵当権設定契約をし、前橋地方法務局桐生支局に対してその旨の登記申請をしたこと、同支局登記官吏が、原告主張の登記簿の記載をした際、その過失により、債権元本極度額を六〇万円と誤記したことが認められる。

第二、被告の根抵当権設定契約およびその登記

他方被告が、昭和三九年一月一六日本件不動産等について、原告主張の債権元本極度額四、〇〇〇万円の根抵当権設定契約をし、同年二月二五日その旨の登記手続をしたことは、当事者間に争いがない。

第三、更生登記手続について被告の承諾義務

一、原告は、その債権極度額が六〇〇万円であったことについて、被告が悪意であったから、被告に承諾義務があると主張するのであるが、この主張は、それ自体失当である。その理由は次のとおりである。

(一)  まず、民法第一七七条は、不動産物権の得喪変更は、登記がなければ、第三者に対抗することができない旨規定するが、これは、不動産の権利関係を公示することによって、取引の安全をはかろうとするものである。したがって、いやしくも登記簿に記載のない以上、権利の取得をもって第三者に対抗することはできず、このことは、登記の欠缺が、物権の全部に及ぶ場合であると、一部に関する場合であるとを問わず、また当事者の申請について錯誤がある場合であると、登記官吏の過誤による場合であるとを問わないものというべきである。本件において、原告の根抵当権が、極度額六〇〇万円であることをもって、被告に対抗しえないことはいうまでもない。

(二)  もっとも、公示の原則をより強く貫くためには、登記簿の記載と権利関係の実体とが、常に一致していなければならない。不動産登記法は、この要請にこたえる方法の一つとして、とくに登記官吏の過誤にもとづく登記の錯誤または遺漏について、更正登記の制度を認めている。そしてこの更正登記は、その物権について利害関係を有する第三者のない場合を本則とするが、そうでない場合でも、かような第三者の承諾があるときには、それが認められている。

(三)  そこで、物権に対抗力のないことが、そのゆえに、右のような第三者に承諾を拒否する権能を与えることになるかが問題となるが、すでにみたところから明らかなように、第三者の承諾は更正登記の可能を意味し、更正登記の可能は、それによって第三者に対する権利の対抗力を付与することになるのであるから、もし対抗力のない場合にも更正登記についての承諾義務があるとすると、結果的には、対抗力のないところに対抗力を認めることとなろう。この矛盾に陥らないためには、物権の得喪変更をもって第三者に対抗しうる場合には、第三者は更正登記について承諾を拒否できないけれども、それが対抗しえないときには、承諾を拒否することができるものとしなければならない。したがって、たとえば抵当権の設定登記に際し、被担保債権額の元本そのものの記載に一部の遺漏があっても、利息についての記載を見れば、その元本の全額が明確であり(大判大正一四・一二・二一民集四・七二三参照)、その登記の全体としては、元本全額について対抗力があると考えられるような場合には、更正登記について第三者の承諾義務を認めなければならないけれども、本件のように対抗力の全くないと考えられる場合には、第三者に承諾義務はないものといわなければならない。

(四)  第三者が悪意の場合はどうか。公示の原則は、個々の取引ごとに、善意であったか悪意であったかの探索をさせることなく、外形のみによって画一的に規律するのでなければ、その目的を達することができない。ことに同一不動産が、転々と譲渡され、または抵当権の目的となってそれぞれ登記した後にも、そのうちのある者の悪意を証明して、その登記およびその後の登記の効力を奪いうるものとすることは、取引の安全を極度に脅かし、登記制度を根底からくつがえすことともなりかねない。だからといって、悪意の者に対してのみその効力を否定し、他の者にそれを肯定することは、登記に相対的効力を認めることとなるから、それが物権を公示する制度であることと相容れなくなるであろう。第三者が悪意の場合でも、これに対する対抗力はなく、したがって、更正登記に対する承諾義務もないものといわなければなるまい。

二、右と反対の見解に立ち、かりに悪意の第三者に承諾義務があるとしても、原告の立証によっては、被告が悪意であったことを認めるに足る証拠は存在しない。≪証拠省略≫によると、かえって、被告は善意であったことが認められ、≪証拠省略≫のうち、これにていしょくする部分は措信できない。

三、なお更正登記が第三者に損害を与えない場合にも、第三者は承諾を拒否できないというべきであるが、本件がこの場合に該当しないことは、説明するまでもないであろう。

第四、結語

以上みてきたとおりであるから、原告の本訴請求は失当として棄却を免かれない。

よって訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯原一乗)

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